ジキル博士とハイド氏の没落の理由は、知性と獣性、欲望抑制と解放をひとりの人間のうちに同居させるという困難な人間的課題を忌避して、知性と獣性に人格分裂することで内的葛藤を解決しようとしたことにある。彼が罰を受けるのは、両立しがたいものを両立させようという人間的義務を拒んだからである。だが、その困難な義務を引き受けることによってしか人間は人間的になることはできない。面倒な仕事だ。だが、その面倒な仕事を忌避したものは「人格解離」という病態に誘い込まれる。
―なるほど。では北原さんは「フェミニスト」とはどういう人を指す言葉だとお考えです?
北原 私にとってフェミニストは「女を裏切らない人」。それがまず一つ。思想とか主義というもの以前に、女を裏切らない。シスターフッドですよね。それをベースとしてちゃんと持っているかどうかかなって思う。
―イデオロギーありきではないんですね。
北原 だからあれですよ、意外に任侠映画が好きだったりする(笑)。「男の友情」とか、いいですよね。男子サッカーも意外に好きで、本田とかが仲間の選手達とぴょんぴょん跳ねてたりするのを見て「わ、いいな」と思ったり。そういうことを言ったりすると「あんた、本当にフェミニストなの?」とか言われるけど、男の友情に萌えるような感じで、女同士の友情とか、それこそ女子サッカーとかに萌えている感覚なんです。それが原型というか、ピュアなフェミニズムのイメージ。だから迷い無く「私はフェミニストである」と言える。子供の頃からそう思ってますよ。
―もっと卑近な例えをすれば、小学校の教室で男子にからかわれている女子を守ろうとする男勝りな女の子、みたいなイメージでしょうか?
北原 そうそう。「ちょっと男子、スカートめくりとかしないで!」みたいなね(笑)
―なるほど。男性で言うところのホモソーシャル的なノリでもあるのかもしれないですね。
北原 うん。レズソーシャルですね。女の子といる方が楽しい、みたいな。そういう感覚が昔からすごくあったと思います。で、そういう女の子たちが社会的に差別されていたりとか、給料が男性に比べてあまり貰えていないとか、あるいはレイプされている現実であったりとかを見ていると、そこにはきちんと「怒らなきゃいけないな」って思う。思想って生活の中で磨かれていくものだと思いますし。楽しいなって思うことが損なわれたり、あるいは自分自身の何かが損なわれることがあったら、戦わなきゃいけないでしょ。
北原 私にとってフェミニストは「女を裏切らない人」。それがまず一つ。思想とか主義というもの以前に、女を裏切らない。シスターフッドですよね。それをベースとしてちゃんと持っているかどうかかなって思う。
―イデオロギーありきではないんですね。
北原 だからあれですよ、意外に任侠映画が好きだったりする(笑)。「男の友情」とか、いいですよね。男子サッカーも意外に好きで、本田とかが仲間の選手達とぴょんぴょん跳ねてたりするのを見て「わ、いいな」と思ったり。そういうことを言ったりすると「あんた、本当にフェミニストなの?」とか言われるけど、男の友情に萌えるような感じで、女同士の友情とか、それこそ女子サッカーとかに萌えている感覚なんです。それが原型というか、ピュアなフェミニズムのイメージ。だから迷い無く「私はフェミニストである」と言える。子供の頃からそう思ってますよ。
―もっと卑近な例えをすれば、小学校の教室で男子にからかわれている女子を守ろうとする男勝りな女の子、みたいなイメージでしょうか?
北原 そうそう。「ちょっと男子、スカートめくりとかしないで!」みたいなね(笑)
―なるほど。男性で言うところのホモソーシャル的なノリでもあるのかもしれないですね。
北原 うん。レズソーシャルですね。女の子といる方が楽しい、みたいな。そういう感覚が昔からすごくあったと思います。で、そういう女の子たちが社会的に差別されていたりとか、給料が男性に比べてあまり貰えていないとか、あるいはレイプされている現実であったりとかを見ていると、そこにはきちんと「怒らなきゃいけないな」って思う。思想って生活の中で磨かれていくものだと思いますし。楽しいなって思うことが損なわれたり、あるいは自分自身の何かが損なわれることがあったら、戦わなきゃいけないでしょ。






